アルプスの少女ハイジの産みの親!ヨハンナスピリってどんな作家?

1880年ついに完成!ヨハンナの代表作アルプスの少女ハイジ!

41歳で本格的な小説家としてデビューしたヨハンナは、匿名ではありましたが、どんどん作品を出しては人気が急上昇しました。
彼女は順調に小説家としての道を歩んでいました。ところが愛する一人息子が不治の病の結核を患ってしまい、彼を療養させるためにマイエンフェルトの近くのラガーツの温泉へ行きます。
一人息子の病気を心配するも、ヨハンナは小説家としての仕事を休むわけにはいきませんでした。やはり息子の病気を治すためには多額のお金が必要です。夫も仕事を頑張り、ヨハンナも今まで以上に小説の執筆に力を入れて行きました。
この時彼女は53歳になっていました。イニエンス村に学生時代の友人が住んでいたので、ヨハンナはよく友人の家を訪問していました。友人の姪がヨハンナの書く小説に感動していましたが、どちらかと言えば大人向けの作品が多かったので、友人はヨハンナに是非子供向けの小説を書いてくれないかと依頼してきました。
ヨハンナはそんな友人の頼みをすぐに承諾しました。子供向けの小説とは一体どんな内容にしたらいいのか?と彼女はイニエンス村からマイエンフェルトの小道を散歩しながら、新しい作品を考えていました。
子供向けに受ける作品!自分が子供の頃体験したこと、そしてスイスの素晴らしい自然や空などを題材にしたらどうだろうか~とヨハンナは考えに考えます。
一方結核を患った息子のベルンハルトは、父の後継ぎとして弁護士になる為の勉強をしていました。小さい頃音楽家を夢見た彼でしたが、病弱だったのを理由に断念せざるを得ないと言った苦い経験がありましたので、せめて両親の役に立ちたいと、父の仕事の弁護士を目指し始めました。
しかし、ベルンハルトの病状は良くなる兆しが見られません。ヨハンナは息子の病気の悪化を心配しつつも、彼の強い意思に魅かれ、勉強することを許しました。
息子の静養するこのマイエンフェルトは素晴らしい風景に囲まれていました。澄み切った青空、周囲の山々、美しい大地などヨハンナの子供向け作品を考えるには絶好の場所でした。
彼女の子供時代の思い出や色んな経験をもとに執筆された子供向けの作品、それが「ハイジの修行時代、遍歴時代」の題名で誕生しました。後の「アルプスの少女ハイジ」の元になる作品です!
この作品でもやはりヨハンナは匿名で、出版しました。ですがこの作品、たちまち人気に火が付いて、続編を読みたいと言ったリクエストが彼女の元に多く届きました。
翌年、彼女は続編として「ハイジは習ったことを使うことが出来る」の題名で出版しました。そして初めて本名のヨハンナスピリで出したのです。続編を出したのは大成功!ますます「ハイジ」の人気は高まっていきました。
しかしそんな母の大成功を、息子のベルンハルトは快く思ってはいませんでした。本来ならヒット作を出した母を誇らしく思うはずですが、彼はハイジの続編など出すべきじゃなかったのではないかと、激しく批判しました。
もしかしたら、ベルンハルトは自分の病気がもう治らないと悟り、自暴自棄になってしまったのではないか?と推測します。
母ヨハンナはどんどん作品書いて成功してるのに、自分は病身の身でありながら、父の後継ぎの弁護士になれないのではないかを焦りを感じていました。両親の役に立てないことを彼はとても悔しがっていました。
そんな状況の中、ついに1880年ヨハンナスピリの代表作・アルプスの少女ハイジが産声をあげました!