アルプスの少女ハイジの産みの親!ヨハンナスピリってどんな作家?

ハイジの完成後!ヨハンナに思いもかけない不幸が続いた!

アルプスの少女ハイジが誕生したのは、ヨハンナが53~54歳の時でした。その後も別の小説を執筆し、活躍を続ける彼女でした。
作品では大ヒットが続く状況でしたが、私生活の方は余りよくありませんでした。一人息子のベルンハルトの結核の病状が芳しくありません。
空気の澄んだラガーツの温泉で療養生活を続けてきたベルンハルトは、決して弁護士になることを諦めてはいませんでした。そんな彼を見て、ヨハンナも母として出来るだけのことをしようと試みます。
ハイジが誕生した3年後、ベルンハルトはイタリアのピザへ旅行に出かけました。これが彼にとって最後の旅行になるとは、誰しも予想がつきませんでした。
結核は現代の医学のレベルなら、十分治療できる病気ですが、1800年代はまだまだ医学的な進歩はなく、結核などの伝染病は「不治の病」と言われてきました。別名「肺病」とも呼ばれ、伝染力の強いこの病気は周囲の人達にまで影響を及ぼします。
結核を患うと、せき込んで血を吐きます。そして高熱が続いて、食欲が低下し、抵抗力、体力共にどんどん弱っていき、最後には命を落としてしまいます。
1884年という1年間は、ヨハンナに取って最大の悲劇が襲う年となりました。看病の甲斐もむなしく、一人息子のベルンハルトは29歳の若さで、とうとう亡くなってしまいました。一人息子を突然亡くしたヨハンナと夫の落胆ぶりは相当なものでした。
夫は一人息子を自分の跡取りとして考えていただけに、ショックからなかなか立ち直れず、ヨハンナも途方に暮れるばかりでした。子供が親より先に逝ってしまうことは本当に辛い以上のものでしかありません!
まして1人っ子となりますと余計にです。
一人息子を亡くした2人は、息子との思い出を大切にするため、再びラガーツの温泉付近で暮らし始めます。そこで夫婦だけでひっそりと暮らしていくことになりました。
ですがまたヨハンナに2度目の悲劇が襲います。夫が仕事の激務で体調を崩してしまいました。過労による肺炎を患ってしまったのです。息子を亡くしてまだ半年もたたないうちに今度は夫が病気となり、ヨハンナは看病を始めました。
ですが夫は息子を亡くしたショックから立ち直りきれず、かなり心労も重なっていました。ヨハンナは夫にはどうしても病気に打ち勝ってほしいと神に祈りをささげました。
ですがヨハンナの願い虚しく、息子に続いて夫まで神に召されてしまいました。享年62歳でした。愛する息子と夫が半年の間に逝ってしまい、たちまちヨハンナはひとりぼっちになってしまいました。
1884年5月13日に息子が他界、そして同年12月19日に夫が息子の後を追うように他界…不幸のどん底に突き落とされたヨハンナは、悲しみに暮れて、小説の執筆活動に手がつけなれないほどになっていました。
彼女は57歳になっていました。人生まだまだこれからという時に、大切な息子と夫を相次いで亡くしてしまい、ひとりぼっちになってしまった彼女に今後どんな運命が展開されていくのでしょうか?
実に見ものです。